流言(読み)リュウゲン

世界大百科事典 第2版の解説

りゅうげん【流言 rumor】

口づてなどの非制度的チャンネルを通して伝播する裏づけをもたない自然発生的な情報をいう。流言蜚(飛)語ともいう。特定の人物や勢力が扇動的な意図をもって作為的に流すデマと異なる。したがって流言の発生源はふつう特定できない。本来人々に情報を提供すべきはずの制度的チャンネルが,何らかの理由で機能しなくなると,人々はあいまいな状況下で不安に陥り,事態を定義づけようとして,たとえ不正確な情報であっても,納得できそうなものであれば受けいれようとする。

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大辞林 第三版の解説

りゅうげん【流言】

根拠のないうわさ。根も葉もない風説。流説るせつ。浮言。 「 -にまどわされる」 「無根の説を-なさしめ/近世紀聞 延房」 → デマ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

流言
りゅうげん
rumor英語
Gerchtドイツ語
rumeurフランス語

一般に口づてに人から人へと非公式に伝えられる、いまだ真偽のさだかでない情報やメッセージのことをいう。流言飛(蜚(ひ))語ともいう。厳しい言論弾圧とか、自然災害時や戦争にかかわる混乱や不安の高まりなど、いわゆる危機的状況のもとで発生しやすい。うわさ、デマ、流言は、相互に入り組んだコミュニケーション現象であり、明確な概念的区別は困難である。
 関東大震災時(1923年=大正12年9月1日)に「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れている」という流言が引き起こした悲惨な朝鮮人虐殺事件をはじめ、1973年(昭和48)の第一次石油ショックのときに発生した「トイレットペーパーがなくなる」という流言に端を発した買いだめ騒ぎや、同年の「豊信(豊川信用金庫)が危ない」という風聞をきっかけに発生した取り付け騒動などがよく知られている。こうした事例にみられるように、民衆の深層心理にくすぶる偏見・差別・憎悪・敵意・茫漠(ぼうばく)とした不安などが流言の温床になりやすい。
 しばしば引用されるG・W・オールポートとポストマンLeo Joseph Postman(1918― )の有名な定式(Ri×a)によると、「流言の流布量(R)は、当事者にとっての主題の重要さ(i)と、問題の主題にかかわる証拠のあいまいさ(a)との積に比例する」。したがって、重要さかあいまいさか、そのいずれかがゼロならば、流言は発生しない。コーラスA. Chorusはさらに批判的能力(c)というもう一つの変数を考え、その逆数をオールポートとポストマンの定式に導入した(Ri×a×1/c)。すなわち、他の諸条件が同じであるならば、批判的能力の高い人々の間では、流言の流布量は低下し、逆に批判的能力の低い人々の間では、流言の流布量は増大するというわけである。
 流言は伝達過程において、しばしばゆがみを生じる。オールポートとポストマンは実験研究に基づき、平準化leveling、強調化sharpening、同化assimilationの三つの心理過程を抽出している。平準化とは、流言が受け継がれていく過程で、しだいに短くなり、より簡潔になり、平易になっていく傾向をいい、強調化とは「多くの文脈からある限られた数の要素を選んで受け取り、記憶し、報告する」選択的な傾向のことで、平準化とは裏腹の現象である。同化の過程は平準化と強調化とを含む心理過程であって、流言が聞き手の関心や期待と一致するように整合的に方向づけられてしまう傾向にほかならない。
 流言の連鎖的伝達過程におけるゆがみに主要な関心を向ける心理学的研究とは異なって、流言の社会学的研究は、流言を新しい社会環境への集合的再適応過程の意味づけの局面として把握し、「あいまいな状況にともに巻き込まれた人々がお互いに知的資源を出し合って、その状況に関する有意義な解釈をつくりあげようと試みる反復的なコミュニケーション形態」(タモツ・シブタニTamotsu Shibutani、1920― )と定義づける。この限り、流言は新しい社会状況における集合的課題解決行動の一形態といってよい。「流言はけっして病理的ではなく、社会過程の必要欠くべからざる部分であり、社会生活の変動に対応する人々の絶えざる努力の重要な側面である」と考えるシブタニの立場は、流言研究の注目すべき方向を示唆している。[岡田直之]
『G・W・オルポート、L・J・ポストマン著、南博訳『デマの心理学』(1952・岩波書店) ▽木下冨雄「流言」(池内一編『講座社会心理学3 集合現象』所収・1977・東京大学出版会) ▽R・L・ロスノウ、G・A・ファイン著、南博訳『うわさの心理学』(1982・岩波書店) ▽T・シブタニ著、広井脩ほか訳『流言と社会』(1985・東京創元社) ▽南博・佐藤健二編『近代庶民生活誌4 流言』(1985・三一書房) ▽佐藤健二著『流言蜚語――うわさを読みとく作法』(1995・有信堂高文社) ▽清水幾太郎著『流言蜚語』(岩波新書) ▽廣井脩著『流言とデマの社会学』(文春新書)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

りゅう‐げん リウ‥【流言】

〘名〙 根拠のないうわさをいいふらすこと。また、そのうわさ。ねなしごと。浮言。流説。るげん。
※続日本紀‐天平宝字元年(757)八月甲午「是以、二叔流言」
※史記抄(1477)二「周公の謀反を起すと流言して」 〔書経‐金縢〕

る‐げん【流言】

〘名〙 根拠のないうわさをいいふらすこと。また、そのうわさ。りゅうげん。〔文明本節用集(室町中)〕

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最新 心理学事典の解説

りゅうげん
流言
rumor

大きな災害時や社会の混乱時には多様な流言が流れる。流言は正確な情報が欠落した状況下では,人びとに誤った情報を与え,いっそうの混乱を生み出すものとして,ネガティブな社会現象としてとらえられることが多い。

【流言の基本公式】 オルポートAllport,G.W.とポストマンPostman,L.は,『デマの心理学The Psychology of Rumor』(1947)において,流言を「正確さを証明することのできる具体的なデータがないのに,ふつう,口から耳へと伝えられて,次々に人びとの間に言いふらされ,信じられてゆく,出来事に関する命題」であると述べている。流言の特質として,①伝えられる内容が真実かどうか検証されていない情報であり,結果として正しいことも誤りであることもある点。②伝えられる内容は伝達者にとって信じられているものである点。このことは,伝達者は意図的に「うそ」を伝えているのではないということである。そして③パーソナル・コミュニケーションによって伝えられるものとした。

 また,流言の流布量を上の図のように定式化した。これは流言の基本公式として有名である。流言の流布量は,当事者にとっての問題の重要さと証拠の曖昧さの積に比例するとした。問題が重要であればあるほど,また曖昧であればあるほど,流言は広がりやすくなるのである。しかし,iかaのいずれかがゼロであれば,流言の流布量はゼロとなり流言は広がらないとした。ファインFine,G.A.とロスノウRosnow,R.L.(1976)は,流言の伝達に,曖昧さとともに不安が重要な役割を果たすことを指摘している。このほかにも,伝達内容の真実らしさが挙げられる。なお伝達内容の重要性については強い関連は見いだされていない。

【流言の発生】 オルポートらは,流言を情報が伝達される過程で変容したものと考え,伝達ゲームの実験から,伝達の過程で起こる変容を平均化leveling,強調化sharpening,同化assimilationで説明する。平均化とは,流言に含まれる多数の内容が,少数の要素に減少し,より平易な表現に変化すること。強調化は,平均化した要素が今度は逆にその中の一部の特徴が強調されること。そして,同化は,変容した要素間で意味の統合が起こる過程であり,伝達者にとって全体として意味のある内容に変容するとした。これに対してシブタニShibutani,T.は,『流言と社会Improvised News』(1966)において,流言を伝達のプロセスととらえるのではなく,「曖昧な状況にともに巻き込まれた人びとが,自分たちの知識を寄せ集めることによって,その状況について有意味な解釈を行なうプロセス」と定義した。大きな災害時などには,情報の不足した,曖昧で不安な状況が生まれる。その中で,マスコミュニケーションなど制度的チャンネルを通した情報に欠落があると,人びとはおかれている状況を解釈し再定義するために,補助的チャンネル(対人コミュニケーション)からの情報を基に新たな状況の解釈を作り上げていく。そのようなプロセスが集合的に発生したものが流言であるとした。流言はいわば状況解釈のためのニュースといった性質をもつとしたのである。現在では,流言の発生過程を曖昧で不安な状況におかれた人びとが共同して意味解釈する過程と考える研究者が多い。流言の分類として,ナップKnap,R.(1944)は,戦時下における流言を分析し,感情的な要素から,願望流言,恐怖流言,分裂流言に分類した。また,廣井脩(1988)は,流言の伝播速度から,噴出流言と浸透流言に分類した。前者は災害時など緊急事態に流れる流言であり,見知らぬ人を通して急速に広がり,収束するのも速い。後者は平常時の流言であり,日常的なコミュニケーションネットワークの中で時間をかけてゆっくりと流れ,収束するのは遅い。

【うわさと流言】 川上善郎(1997)は,日常語としてのうわさを,流言,都市伝説,ゴシップに分類した。都市伝説urban legendは,「口裂け女」などのうわさ話であり,ストーリー性をもち,繰り返し話され,事実かどうかよりは,ありそうな話かどうかで判断されるものである。流言が情報伝達という道具的コミュニケーションinstrumental communicationであるのに対し,話すこと自体を目的とする自己完結的コミュニケーションという性質をもつ。ゴシップgossipは,身近な人に関するうわさ話である。流言との違いは,流言が主に社会情報を伝えるのに対して,個人的な情報を伝えるという点で大きく異なる。また,ゴシップは,小集団において社会的な境界づけ,社会規範の形成,社会的比較などの社会心理学的機能を果たすことが知られている(Suls,J.,1977)。日本語では,うわさがこれらの総称として使われている。

【関連する用語】 流言と類似した用語にデマゴギーDemagogie(デマ)がある。真実でないことを知りつつ,一定の政治的目的のために意図的に流されたものを指す。流言は真実と考えられたものが自然発生的に流れるのに対して,デマは意図的に流された後,流言のように広がったものである。一般に流言にしろ,デマにしろ,広めることを意図して流しても基本的に広がることはない。流言を受け取った個人が他人に伝えない限り広がることはない。最近では,災害や事故の報道から判断して,特定の商品を買い控えたり,旅行を取りやめたりすることで特定の地域や団体に経済的な損害が発生した場合に風評被害ということばが使われるようになった。実際の危険とは関係なく,マスコミ報道から想起される危険を回避するための行動が広範囲に発生することで,引き起こされる現象である。流言のように個人間の相互作用の結果として生ずるものではなく,マスコミ報道の結果,同一の行動が生起する結果である。また,商品やサービスについての個人の評価である口コミword of mouthもインターネットによって大きな影響力をもつようになっている。

 インターネットと携帯電話の普及は,パーソナル・コミュニケーションの範囲をこれまでになく拡大した。その結果,流言の広がる速度,範囲を一段と高めることになった。インターネット社会においては,流言も含めて,パーソナル・コミュニケーションが,これまでになく大きな影響力をもつに至っている。 →災害心理学
〔川上 善郎〕

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世界大百科事典内の流言の言及

【噂】より

…だれか(何か)について話すこと,またその話それ自体(例えば〈故人のうわさをする〉)。しかも,その話の内容の真偽があいまいな場合には,〈流言〉や〈デマ(デマゴギー)〉と同義になるし,あいまいな話と単なる話という両方の意味を含んでいる点では〈ゴシップ〉に近い。例えば〈風のうわさに聞く〉という場合,だれかがだれかについての情報を口にするのを聞くとも解せるし,だれかについての真偽のあやふやな情報を耳にするという意味に解することもできる。…

【朝鮮人虐殺事件】より

…1922年夏に信濃川発電所工事場で朝鮮人虐殺事件がおこると,これに抗議して日朝労働者の連帯の動きも生まれたが,他方では日本人労働者との争闘事件もおこっていた。 9月1日正午2分前に関東大地震がおこると,その日の夕刻から朝鮮人の放火・投毒の流言が散発的に生まれ,翌2日昼ごろから朝鮮人来襲の流言となって急激に広がった。夕刻前には東京付近に戒厳令がしかれ,すでに出動していた軍隊が増強され,治安維持の権限をにぎった。…

【デマ】より

…古代ギリシアにおけるデマゴゴスdēmagōgos(民衆の指導者,転じて民衆を扇動する政治家)による民衆操縦のための宣伝・扇動が原義である。デマは,その内容が事実の裏づけを欠く言説であることや,危機状況や社会不安を背景に伝播しやすいことなどから,しばしば流言と混同される。しかし,特定の意図をもった人物とか社会的勢力が,意識的に虚偽の情報を捏造(ねつぞう)し,その流布をはかるという点で,民衆の願望を反映した自然発生的な流言とは,まったく異なる。…

【パニック】より


[情報パニック]
 パニックは通常,火災や爆発などの突発的事態を人々が直接知覚することによって発生することが多い。しかし,口から口へと伝えられる流言やマスコミからの情報がパニックのきっかけになることも少なくない。危険の直接的知覚ではなく,危険の発生を知らせる情報によって引き起こされるパニックを,とくに〈情報パニック〉と呼ぶことがある。…

※「流言」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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