翻訳|rumor
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一般に口づてに人から人へと非公式に伝えられる、いまだ真偽のさだかでない情報やメッセージのことをいう。流言飛(蜚(ひ))語ともいう。厳しい言論弾圧とか、自然災害時や戦争にかかわる混乱や不安の高まりなど、いわゆる危機的状況のもとで発生しやすい。うわさ、デマ、流言は、相互に入り組んだコミュニケーション現象であり、明確な概念的区別は困難である。
1923年(大正12)の関東大震災時に「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れている」という流言が引き起こした悲惨な朝鮮人虐殺事件をはじめ、1973年(昭和48)の第一次石油ショックのときに発生した「トイレットペーパーがなくなる」という流言に端を発した買いだめ騒ぎや、同年の「豊信(豊川信用金庫)が危ない」という風聞をきっかけに発生した取り付け騒動などがよく知られている。こうした事例にみられるように、民衆の深層心理にくすぶる偏見・差別・憎悪・敵意・茫漠(ぼうばく)とした不安などが流言の温床になりやすい。
しばしば引用されるG・W・オールポートとポストマンLeo Joseph Postman(1918―2004)の有名な定式(R~i×a)によると、「流言の流布量(R)は、当事者にとっての主題の重要さ(i)と、問題の主題にかかわる証拠のあいまいさ(a)との積に比例する」。したがって、重要さかあいまいさか、そのいずれかがゼロならば、流言は発生しない。コーラスA. Chorus(1909―1998)はさらに批判的能力(c)というもう一つの変数を考え、その逆数をオールポートとポストマンの定式に導入した(R~i×a×1/c)。すなわち、他の諸条件が同じであるならば、批判的能力の高い人々の間では、流言の流布量は低下し、逆に批判的能力の低い人々の間では、流言の流布量は増大するというわけである。
流言は伝達過程において、しばしばゆがみを生じる。オールポートとポストマンは実験研究に基づき、平準化leveling、強調化sharpening、同化assimilationの三つの心理過程を抽出している。平準化とは、流言が受け継がれていく過程で、しだいに短くなり、より簡潔になり、平易になっていく傾向をいい、強調化とは「多くの文脈からある限られた数の要素を選んで受け取り、記憶し、報告する」選択的な傾向のことで、平準化とは裏腹の現象である。同化の過程は平準化と強調化とを含む心理過程であって、流言が聞き手の関心や期待と一致するように整合的に方向づけられてしまう傾向にほかならない。
流言の連鎖的伝達過程におけるゆがみに主要な関心を向ける心理学的研究とは異なって、流言の社会学的研究は、流言を新しい社会環境への集合的再適応過程の意味づけの局面として把握し、「あいまいな状況にともに巻き込まれた人々がお互いに知的資源を出し合って、その状況に関する有意義な解釈をつくりあげようと試みる反復的なコミュニケーション形態」(タモツ・シブタニTamotsu Shibutani、1920―2004)と定義づける。この限り、流言は新しい社会状況における集合的課題解決行動の一形態といってよい。「流言はけっして病理的ではなく、社会過程の必要欠くべからざる部分であり、社会生活の変動に対応する人々の絶えざる努力の重要な側面である」と考えるシブタニの立場は、流言研究の注目すべき方向を示唆している。
[岡田直之]
『G・W・オルポート、L・ポストマン著、南博訳『デマの心理学』(1952・岩波書店)』▽『木下冨雄「流言」(池内一編『講座社会心理学3 集合現象』所収・1977・東京大学出版会)』▽『R・L・ロスノウ、G・A・ファイン著、南博訳『うわさの心理学――流言からゴシップまで』(1982・岩波書店)』▽『T・シブタニ著、広井脩他訳『流言と社会』(1985・東京創元社)』▽『南博・佐藤健二編『近代庶民生活誌4 流言』(1985・三一書房)』▽『佐藤健二著『流言蜚語――うわさ話を読みとく作法』(1995・有信堂高文社)』▽『広井脩著『流言とデマの社会学』(文春新書)』▽『清水幾太郎著『流言蜚語』(ちくま学芸文庫)』
口づてなどの非制度的チャンネルを通して伝播する裏づけをもたない自然発生的な情報をいう。流言蜚(飛)語ともいう。特定の人物や勢力が扇動的な意図をもって作為的に流すデマと異なる。したがって流言の発生源はふつう特定できない。本来人々に情報を提供すべきはずの制度的チャンネルが,何らかの理由で機能しなくなると,人々はあいまいな状況下で不安に陥り,事態を定義づけようとして,たとえ不正確な情報であっても,納得できそうなものであれば受けいれようとする。とくに自然災害や突発事件が起きた場合,また検閲などがある言論統制下の社会で,しばしば流言が発生しやすい。G.W.オールポートとL.ポストマンは共著《流言の心理学》(1947)で,〈流言は人々にとっての問題の重要性と,状況のあいまいさの積に比例して流布する〉と述べて,有名な公式R~i×a(R:rumor,i:importance(重要度),a:ambiguity(あいまいさ))を提唱している。
流言には状況を説明する報道としての機能があると同時に,人々の不安や願望,さらには偏見などを反映した強い情動性が含まれている。オールポートらは戦時中の流言を分類して,軍事施設や兵員の損害を誇大に伝える〈恐怖の流言〉,敵の降伏や戦争の早期終結を報じた〈願望の流言〉,軍の不始末や少数民族の戦争非協力を非難する〈分裂の流言〉の3種類をあげているが,いずれも,流言が民衆のうちにひそむ情動に深く根ざしたものであることを示している。流言が明確な証拠を欠く情報でありながら,人々の心をとらえて流布していくのも,この情動的側面によるところが大きい。また,流言が伝播していく過程で,いろいろな人から同じ内容の情報をくり返し聞かされることも,流言の信憑(しんぴよう)性を高め,受けいれられやすいものにしていく一因である。
→噂(うわさ)
執筆者:竹内 郁郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…だれか(何か)について話すこと,またその話それ自体(例えば〈故人のうわさをする〉)。しかも,その話の内容の真偽があいまいな場合には,〈流言〉や〈デマ(デマゴギー)〉と同義になるし,あいまいな話と単なる話という両方の意味を含んでいる点では〈ゴシップ〉に近い。例えば〈風のうわさに聞く〉という場合,だれかがだれかについての情報を口にするのを聞くとも解せるし,だれかについての真偽のあやふやな情報を耳にするという意味に解することもできる。…
…1922年夏に信濃川発電所工事場で朝鮮人虐殺事件がおこると,これに抗議して日朝労働者の連帯の動きも生まれたが,他方では日本人労働者との争闘事件もおこっていた。 9月1日正午2分前に関東大地震がおこると,その日の夕刻から朝鮮人の放火・投毒の流言が散発的に生まれ,翌2日昼ごろから朝鮮人来襲の流言となって急激に広がった。夕刻前には東京付近に戒厳令がしかれ,すでに出動していた軍隊が増強され,治安維持の権限をにぎった。…
…古代ギリシアにおけるデマゴゴスdēmagōgos(民衆の指導者,転じて民衆を扇動する政治家)による民衆操縦のための宣伝・扇動が原義である。デマは,その内容が事実の裏づけを欠く言説であることや,危機状況や社会不安を背景に伝播しやすいことなどから,しばしば流言と混同される。しかし,特定の意図をもった人物とか社会的勢力が,意識的に虚偽の情報を捏造(ねつぞう)し,その流布をはかるという点で,民衆の願望を反映した自然発生的な流言とは,まったく異なる。…
…
[情報パニック]
パニックは通常,火災や爆発などの突発的事態を人々が直接知覚することによって発生することが多い。しかし,口から口へと伝えられる流言やマスコミからの情報がパニックのきっかけになることも少なくない。危険の直接的知覚ではなく,危険の発生を知らせる情報によって引き起こされるパニックを,とくに〈情報パニック〉と呼ぶことがある。…
※「流言」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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