紅屋宗陽(読み)べにや そうよう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「紅屋宗陽」の解説

紅屋宗陽 べにや-そうよう

?-? 戦国-織豊時代商人,茶人。
堺(さかい)の町政を運営した会合衆(えごうしゅう)のひとり。武野紹鴎(たけの-じょうおう)の門人で,茶事をたびたびもよおした。天正(てんしょう)11年(1583)豊臣秀吉より闕所(けっしょ)処分うけ,所有していた紅屋肩衝(かたつき)・虚堂(きどう)墨跡を没収され,以後消息をたった。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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