会合衆(読み)エゴウシュウ

デジタル大辞泉 「会合衆」の意味・読み・例文・類語

えごう‐しゅう〔ヱガフ‐〕【会合衆】

室町時代都市の自治活動の指導を行った特権的な商人層。特に、堺の納屋衆なやしゅう著名

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精選版 日本国語大辞典 「会合衆」の意味・読み・例文・類語

えごう‐しゅうヱガフ‥【会合衆】

  1. 〘 名詞 〙 室町時代、堺、宇治大湊などの都市で、自治組織を指導した富商たちを呼んだ語。
    1. [初出の実例]「堺の津会合衆と云へる卅六人庄官の富家共」(出典:続応仁後記(15C後か)三)

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改訂新版 世界大百科事典 「会合衆」の意味・わかりやすい解説

会合衆 (えごうしゅう)

戦国時代,自治都市の運営にあたって指導的役割を果たした合議制の機関。有徳(うとく)の住民(有徳人)によって占められた。伊勢大湊,宇治等に認められる。呼称は寺院の集会(しゆうえ)に由来するとされ,〈えごうしゅう〉と呼び習わされているが確かな証拠はない。比較的史料の多い堺の場合,構成員は15世紀末ごろ(文明年中)10名で,うち2名ずつが堺惣鎮守の祭礼頭役を務めている。江戸時代の軍記物では36名とされるが,これは戦国末期になって増加したものか,または36という数は堺南北庄を構成する各町の町代を指し,会合衆10名はその上にあって堺全体の問題を扱ったものと考えるか,説の分かれるところである。会合の場所は〈地下公界(じげくがい)会所〉と呼ばれる堺北庄の経堂が確認されている。織豊期には今井宗久,千宗易,津田宗及らが有力メンバーであった。当時の自治都市で用いられた〈老若〉〈老分衆〉〈公界〉〈三方〉〈年寄〉等も類似した機構と考えられる。
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山川 日本史小辞典 改訂新版 「会合衆」の解説

会合衆
えごうしゅう

「かいごうしゅう」とも。室町・戦国期の都市,和泉国の堺や伊勢国の宇治山田・大湊(おおみなと)などにみえる都市共同体の運営にあたる上層町衆の指導者。堺では「蔗軒(しゃけん)日録」に,文明年間の鎮守開口(あぐち)神社の祭礼頭役を毎年2人の会合衆が勤めたとあるのが初見。堺における会議の場である地下公界(じげくがい)会所が堺北荘の経堂(きょうどう)にあり,当時の構成員は10人。彼らは納屋衆(なやしゅう)ともよばれ,倉庫業を営み貿易商・金融業などをかねた豪商が多かった。戦国期には36人いたと記されるが,組織的整備によるもので基本的に10人だった。伊勢神宮の門前町では,宇治六郷・山田三方(やまださんぽう)の自治組織があり,御師(おし)(権禰宜)が会合所年寄として町政を勤め,外港大湊でも鎮守日保山八幡宮を会所に,会合衆が船から入港税を徴収し町政を行った。その多くは廻船業者で,大名の御用商人を勤め,のち東南アジアに進出する貿易商人角屋(かどや)もここから発展した。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「会合衆」の意味・わかりやすい解説

会合衆
えごうしゅう

室町時代後期から近世初頭にかけて、都市の市政自治組織をつかさどった特権的門閥指導者層。畿内(きない)およびその周辺の港町などの経済的先進都市では、自治組織がつくられたが、それらは数名から十数名の上層商人の合議制によって運営されていた。彼らは年寄(としより)、老中(ろうじゅう)、おとななどの名称でよばれたが、会合衆もその一つである。もっとも有名なのは、海外貿易で栄えた和泉(いずみ)(大阪府)の堺(さかい)で、戦国時代には36人の豪商が会合衆として名を連ね、市政を運営した。そのほかにも伊勢(いせ)神宮の外港大湊(おおみなと)では、廻船(かいせん)問屋が会合衆を結成した。また神宮門前町の宇治六郷では、江戸時代の初めに会合年寄を構成し、集議して郷統治の事務をとっていた。

[清水久夫]

『豊田武著『増訂 中世日本商業史の研究』(1952・岩波書店)』

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百科事典マイペディア 「会合衆」の意味・わかりやすい解説

会合衆【えごうしゅう】

戦国時代,特に港町に自治組織をつくり,運営した特権的豪商。,宇治,山田,大湊などが知られ,堺の納屋衆(なやしゅう)(三十六人衆)は特に有名。織田信長,豊臣秀吉の統一政権の出現とともにその保護を求め,自治制は崩壊。近年〈かいごうしゅう〉と読むべきとの見解が出されている。
→関連項目宇治津田宗及

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「会合衆」の意味・わかりやすい解説

会合衆
えごうしゅう

室町,戦国時代の都市自治組織の代表者。彼らは都市によって年寄,老中,乙名 (おとな) などと呼ばれており,堺では文明年間 (1469~87) に会合衆がおかれていた。堺の会合衆は納屋衆とも呼ばれ,すべて富裕な商人たちで構成され,初めは 10人,のちには 36人であった。これは月行事の3人が 12ヵ月を輪番でつとめるためであった。戦国時代には合議制によって戦火から堺を守り,織田信長の専制的圧力に反発し,浪人などを集めて,自主防衛を意図した。しかし信長の多大の矢銭の要求を1度は退けたが,ついに信長の武力に屈服した。伊勢の宇治山田,大湊などにも会合衆が存在した。

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旺文社日本史事典 三訂版 「会合衆」の解説

会合衆
えごうしゅう

室町末期,都市の自治行政を担当した豪商
堺の会合衆は有名で,納屋衆 (なやしゆう) ・十人衆とも呼ばれ,のち36人に増員(月行事3人で12か月輪番か)。合議制による町政を行い,戦火を避けたり,織田信長の課税を拒否したりした。その他伊勢国宇治山田・大湊 (おおみなと) (ともに現伊勢市)などにもあった。

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世界大百科事典(旧版)内の会合衆の言及

【堺[市]】より

…堺の商人を中心とする町民たちは,領主が弱体化したことを利用し,その経済的な富を基盤として,納屋貸十人衆を代表とする地下請(じげうけ)を行い,町内の公事(くじ)訴訟の決裁も十人衆が行うというような自治的な団結組織をつくり,都市自立の態勢を強化した。この自治的共同体組織を指導したのは納屋衆あるいは会合衆(えごうしゆう)と呼ばれる門閥的な豪商たちであった。町民たちは市街を兵火から守るため,南,北,東に濠をめぐらして町を囲み,傭兵隊を置き一種の要塞都市をつくりあげた。…

【市参事会】より

…英語ではtown council,フランス語ではéchevinage(échevin,juréなどと呼ばれた都市役人の集合体)とかcorps municipal(市政機関)などという言葉が市参事会に相当すると思われるが,一般的に用いられる共通用語は見当たらない。日本では,室町・戦国期の港町堺,宇治などの会合衆(えごうしゆう)がこれに相当する自治組織であった。【魚住 昌良】。…

【山田】より

…遊興的な要素もあったが,御師の手に入る物品が商業に活気を与え,17世紀初期には家数8400軒余,人口3万人余に及ぶ伊勢第一の都市になった。山田・宇治両域の公事(くじ)裁判,監視,両宮警備は幕府山田奉行所の管轄だったが,町の内政は神仏の意を受ける祭政一致の考えに立って会合衆(えごうしゆう)が行った。山田では重立(おもだち)衆24家が数人ずつ交代で会合所に出勤して町政に当たり,支配下の町々の町年寄衆を支配した。…

※「会合衆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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