経ヶ倉山経塚(読み)きようがくらやまきようづか

日本歴史地名大系 「経ヶ倉山経塚」の解説

経ヶ倉山経塚
きようがくらやまきようづか

[現在地名]平田町中野俣 深山

山間低地中野俣なかのまた東端にある円能寺えんのうじ集落から、東約一・七キロの経ヶ倉(蔵)(四七四メートル)九合目の岩陰にある。県指定史跡名勝天然記念物。寛政三年(一七九一)に発見されたと伝える。平安時代末期の経塚で、眺望のよい尾根の巨岩下の小窟を使ったもの。入口から約一メートルほど奥に、口径二二・七センチ、器高五三センチ、胴径五六センチの須恵器大甕があり、その中に口径一八・二センチ、器高二四・二センチの須恵器経筒が入れてある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む