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修験道 しゅげんどう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

修験道
しゅげんどう

日本の山岳信仰,特定の山岳での修行により超自然的能力を習得し呪術などの宗教活動を行う山伏の宗教。役小角開祖とする。山岳信仰と密教の呪験練行とが習合したものである。行者は,山伏,修験者客僧と称される。霊場は,初め大和国の葛城山を中心としたが,出羽の羽黒山,月山,湯殿山,大和の金峯山,大峰,紀伊の熊野山,伊予の石槌山,摂津の箕面山,豊後彦山,加賀の白山,信濃の戸隠山などが有名である。 1872年に修験道を廃して,天台,真言の2宗に分属させたが,第2次世界大戦後,「宗教法人法」の発布により一派をなすものが多い。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

修験道

密教や神道古来の山岳信仰などが融合して形成された日本仏教の一つ。求菩提山は中世以降に発展し、英彦山に連なる霊山として最盛期には500もの宿坊があったと伝えられるが、明治維新廃仏毀釈(きしゃく)で廃れた。千日回峰行では未明に山中の仏像社寺巡拝して歩き、千枚の護摩木をたく「護摩曲く)」を千日間続ける。

(2007-01-21 朝日新聞 朝刊 福岡 1地方)

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デジタル大辞泉の解説

しゅげん‐どう〔‐ダウ〕【修験道】

日本古来の山岳信仰と、仏教の密教道教などが結びついて平安末期に成立した宗教。役(えん)の行者(ぎょうじゃ)初祖とする。霊験を得るための山中の修行と加持祈祷(きとう)・呪術儀礼を主とする。室町期には、真言系の三宝院流当山派)と天台系の聖護院流(本山派)の二派に分かれた。

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百科事典マイペディアの解説

修験道【しゅげんどう】

日本古来の山岳信仰と密教の呪(じゅ)法・修行法が習合して成立した実践的宗教。その行者を修験者または山伏という。始祖は奈良時代役行者とされる。平安中期には密教系の行者の中から,山々の回峰修行により霊力を強めようとする験者(げんざ)が台頭し,天台系(本山派)は聖護院を中心に,真言系(当山派)は醍醐寺三宝院を中心に活動するようになった。
→関連項目新熊野神社蛙とび月山神社葛川行者金峰山(熊本)苦行熊野三山熊野信仰鞍馬寺山岳信仰山上ヶ岳呪文白山比【め】神社大山(鳥取)大山寺剣山出羽三山神社天狗戸隠神社内藤正敏忍術箱根神社英彦山神宮火祭火渡り平安仏教三徳山峰入り明王院薬王院

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世界大百科事典 第2版の解説

しゅげんどう【修験道】

修験道は,日本古来の山岳信仰外来の密教,道教,儒教などの影響のもとに,平安時代末に至って一つの宗教体系を作りあげたものである。このように修験道は特定教祖の教説にもとづく創唱宗教とは違って,山岳修行による超自然力の獲得と,その力を用いて呪術宗教的な活動を行うことを旨とする,実践的な儀礼中心の宗教である。
[歴史]
 日本では古来山岳は神霊のいる他界としてあがめられてきた。しかし奈良時代になると外来の仏教や道教の影響をうけた宗教者たちが山岳で修行したうえで,陀羅尼(だらに)や経文を唱えて呪術宗教的な活動に従事するようになっていった。

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大辞林 第三版の解説

しゅげんどう【修験道】

山林に修行し、密教的な儀礼を行い、霊験を感得しようとする宗教。開祖は役小角えんのおづのとされる。山岳信仰に神道・密教・陰陽道おんようどうなどの諸要素が混成したもの。中世には聖宝を中興と仰ぎ、醍醐寺三宝院を本拠とする真言系の当山派と、増誉を中興と仰ぎ、聖護院を本山とする天台系の本山派が興った。修験宗。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

修験道
しゅげんどう

日本古来の山岳信仰が、外来の密教、道教、シャーマニズムなどの影響のもとに平安時代末に至って一つの宗教体系をつくりあげたものである。このように修験道は特定教祖の教説に基づく創唱宗教とは違って、山岳修行による超自然力の獲得と、その力を用いて呪術(じゅじゅつ)宗教的な活動を行うことを旨とする実践的な儀礼中心の宗教である。
 修験道の淵源(えんげん)は、奈良時代に仏教や道教の影響を受けて、山岳に入って修行し、陀羅尼(だらに)や経文の一部を唱えて呪術宗教的な活動を行った在俗の宗教者に求めることができる。のちに修験道の開祖に仮託された役小角(えんのおづぬ)もこうした宗教者の一人である。平安時代になると山岳仏教の隆盛とも相まって、天台・真言の密教僧のうち加持祈祷(かじきとう)の能力に秀でた者は、験を修めた者――修験者――とよばれた。また山伏ともよばれた。中央の修験者は熊野(くまの)や吉野(よしの)の金峰山(きんぶせん)を拠点として、ここから大峰山(おおみねさん)に入って修行した。
 中世期になると、このうち熊野の修験者は天台宗寺門派の聖護院(しょうごいん)を本山にいただいて本山派とよばれる宗派を形成した。また金峰山を拠点として大和(やまと)(奈良県)の諸社寺に依拠した回国修験者は、中世末には真言宗の醍醐(だいご)三宝院の後ろ盾のもとに当山(とうざん)派とよばれる宗派を形成した。このほか、羽黒山(はぐろさん)、英彦山(ひこさん)など諸国の山岳にもそれぞれ独立の宗派が形成された。これらの宗派は、それぞれ峰入(みねいり)を中心とした儀礼や、その意味づけとしての教義や独自の組織をつくりあげて、宗教面のみならず政治的にも軍事的にも大きな力をもっていた。しかしながら近世以降、修験者は地域社会に定着し、庶民の現世利益(げんぜりやく)的な希求にこたえて、加持祈祷、呪法、符呪などの呪術宗教的な活動に従事した。近代初頭、修験道は明治政府の修験道廃止令によって廃止され、修験者は天台・真言両宗に包摂された。しかしながら第二次世界大戦後相次いで独立し、現在は本山修験宗(総本山聖護院)、金峯山(きんぷせん)修験本宗(総本山金峯山寺)、真言宗醍醐派(総本山三宝院)、修験道(総本山五流尊滝院(そんりゅういん))などの教団を中心に活発な活動を行っている。[宮家 準]
『宮家準著『修験道――山伏の歴史と思想』(1978・教育社) ▽和歌森太郎著『修験道史研究』(1972・平凡社) ▽五来重著『修験道入門』(1980・角川書店)』

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世界大百科事典内の修験道の言及

【役行者】より

…生没年不詳。役小角(えんのおづぬ),役君(えのきみ)などとも呼ばれ,後に修験道の開祖として尊崇される。《続日本紀》によると,699年(文武3)朝廷は役君小角を伊豆国に流した。…

※「修験道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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