縄村(読み)つくなわむら

日本歴史地名大系 「縄村」の解説

縄村
つくなわむら

[現在地名]高崎市筑縄町

東南流する井野いの川とからす川の中間にあって、北は井野川右岸の上小鳥かみことり村。群馬郡に属し、元和五年(一六一九)安藤対馬守殿御領分高覚帳(東大史料編纂所蔵)では西郷に村名がみえる(高崎藩領)。高二二五石余、田方五町四反余・畑方七町六反余。同藩領についての明治二年(一八六九)家数人数取調帳(小島文書)によると、天明年中(一七八一―八九)の家数三六・人数一六九。元禄七年(一六九四)から中山道高崎宿の助郷村であった(更正高崎旧事記)。明治一〇年頃の家数四〇、地神社・天台宗筑縄山法森ほうしん寺があり、人数二〇八、牡馬一五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む