日本歴史地名大系 「縄生村」の解説
縄生村
なおうむら
[現在地名]朝日町縄生
天正一一年(一五八三)の内宮神領本水帳写に「なおう」と出、同一二年頃の織田信雄分限帳(内閣文庫蔵)では、森清十郎がこの地で九七〇貫を知行していた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
天正一一年(一五八三)の内宮神領本水帳写に「なおう」と出、同一二年頃の織田信雄分限帳(内閣文庫蔵)では、森清十郎がこの地で九七〇貫を知行していた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
《モスクワに遠征したナポレオンが、冬の寒さと雪が原因で敗れたところから》冬の厳しい寒さをいう語。また、寒くて厳しい冬のこと。「冬将軍の訪れ」《季 冬》...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新