美濃田保(読み)みのだほ

日本歴史地名大系 「美濃田保」の解説

美濃田保
みのだほ

江戸時代の美濃田村を中心とした地域。室町時代には幕府御料所であった。

「親元日記」文明五年(一四七三)九月四日条に「御料所丹波国美濃田保并同国桐野河内御年貢運送之事、以伊勢守代官印、於当関無其煩、可有勘過候也」という細川(ほそかわ)庄(現北桑田郡京北町)政所宛の文書を載せる。またこの頃のものと考えられる室町幕府奉行人連署奉書案(蜷川家文書)によれば「箕濃田保池尻村」と「八田七村」が用水相論を起こしており(→矢田庄)、これにより池尻(いけじり)村も美濃田保内であったことがわかる。

京都に近い幕府料所としてその後も存続しているが、天文一〇年(一五四一)には多紀(たき)郡(現兵庫県)の国人波多野秀忠の被官荒木新兵衛尉の当保への違乱が生じ(古文書集)、天文一三年一〇月まで続いた(蜷川家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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