美野村(読み)みのむら

日本歴史地名大系 「美野村」の解説

美野村
みのむら

[現在地名]勝央町美野

田井たい村の北東に位置する。永禄九年(一五六六)一一月一六日の難波利助宛盛方宛行状(美作古簡集)に「小吉野庄美野村之内十郎兵衛分五段公事」とある。正保郷帳では田六三七石余・畑一一五石。元禄一〇年(一六九七)美作国郡村高辻帳では改出高一五三石余・開高四六石余、村位は下。美作国郡村高并戸数里程事(武家聞伝記)によると延宝(一六七三―八一)頃と考えられる戸数四〇(うち塚本八・ふろや八・ひのを五・下村九・かうへ一〇)、延宝四年からは津山藩主の弟森長俊領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む