羽塚村(読み)はつかむら

日本歴史地名大系 「羽塚村」の解説

羽塚村
はつかむら

[現在地名]西尾市羽塚町

市の西方、平坂(へいさか)村の東に続く洪積台地上に位置する。北は法光寺(ほうこうじ)村、東は住崎(すみさき)村、南は上矢田(かみやた)村、西は平坂村に接する。村名に諸説がある。「郷村雑書」には「羽塚山は大鷲の死にたるを埋め、羽塚というとぞ。廿日山とも伝うる也」と記す。また歯塚とも羽束とも記す。伝説に、建暦(一二一一―一三)頃からの開墾の初めに、土地の守護神として神明社を祀ったという(幡豆郡神社誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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