羽田文庫跡(読み)はだぶんこあと

日本歴史地名大系 「羽田文庫跡」の解説

羽田文庫跡
はだぶんこあと

[現在地名]豊橋市花田町

嘉永元年(一八四八)羽田八幡社とみなと町神明社の神主であった羽田野常陸(敬雄)が中心となって、羽田八幡社境内に創立した文庫。二間に三間の文庫と、松蔭学舎という閲覧室を併せたものである。同六年の領主からの文庫永続料御請書に「私儀、羽田村八幡宮文庫先達而造立仕、和漢古今之書共奉納仕、永代不朽ニ致相伝、且は困窮ニ而書籍相求候事難出来者共へ茂為披見仕、自然と勧善懲悪之筋をも為相弁度」とある。三条大納言実万は類聚国史六四巻と御註孝経を、水戸中納言斉昭は破邪集八巻を、平田鉄胤は古史成文をはじめ一七部三一巻を寄贈している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 大部分 礎石 旧跡

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む