老野森村(読み)おいのもりむら

日本歴史地名大系 「老野森村」の解説

老野森村
おいのもりむら

[現在地名]天童市老野森・老野森一―三丁目・泉町(いずみちよう)一―二丁目・糠塚(ぬかづか)一―二丁目・柏木町(かしわぎちよう)二丁目・交り江(まじりえ)一―五丁目

乱(みだれ)川・押切(おしきり)川扇状地の南端部にあり、南は倉津(くらづ)川を隔てて天童田(た)町、北は久野本(くのもと)村に連なる。集落は当初現在地より東部の綿掛(わたかけ)清水の辺りにあったが、近世初頭に羽州街道が整備され、街道沿いに移転したと伝える。寛永一三年(一六三六)の保科氏領知目録では高五六六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む