聞出村(読み)ききいでむら

日本歴史地名大系 「聞出村」の解説

聞出村
ききいでむら

[現在地名]関川村聞出きけいで

あら川右岸に位置し、西方荒川が蛇行する。対岸片貝かたかい村。文禄(一五九二―九六)頃の瀬波郡絵図に「垂水分きゝゐた村」とみえ、本納二斗で畠、縄高二石七斗六升、家一軒とある。近世は初め村上藩領、宝永六年(一七〇九)幕府領正保国絵図には「聞出田村 八石余」とある。万治二年(一六五九)の高一三石四斗余、田八反九畝余・畑屋敷二反五畝余。安永二年(一七七三)の家数三(うち百姓二)・人数一六(男一一・女五)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む