背合村(読み)せなごうむら

日本歴史地名大系 「背合村」の解説

背合村
せなごうむら

[現在地名]真野町背合

北東は滝脇たきわき村、南西大須おおず村。小木おぎ街道沿いの段丘上にある。「日本書紀」欽明天皇五年一二月条に「粛慎人移就瀬波河浦」とある瀬波河浦せなかわのうらが当地にあたるとの説がある。同書に粛慎人は瀬波河浦に流れる川の水を飲んで半分死に、この死人の骨を崖上に積んで葬った。これを粛慎隈とよぶと記す。当地内には真野古墳群に属する古墳時代後期の小円墳が四基残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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