脇元浦(読み)わきもとうら

日本歴史地名大系 「脇元浦」の解説

脇元浦
わきもとうら

[現在地名]姶良町脇元

脇元村にある浦。鹿児島からの大口筋には、脇元村の西に白銀(しろがね)坂の難所があった。そのため脇元浦は早くから鹿児島往来の船の発着所であったという。「三国名勝図会」に脇元浜とみえ、近隣の人々もこの浜より発着する者が多かったとある。天文二三年(一五五四)九月、島津貴久らは蒲生方の岩剣(いわつるぎ)城を攻撃した。この時、かなりの数の船が脇元に回漕され、ここで上陸している(「岩剣合戦日記」旧記雑録など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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