膏薬道場跡(読み)こうやくどうじようあと

日本歴史地名大系 「膏薬道場跡」の解説

膏薬道場跡
こうやくどうじようあと

[現在地名]下京区新釜座町

京都市下京区にあった時宗道場の一。空也開基と伝える。名称は「空也供養」がなまったものとする説もあるが不詳。「重編応仁記」によると、永正一七年(一五二〇)五月細川高国と三好長輝が戦ったが、「同四日、希雲(長輝)(中略)弥々無勢ニナリニケリ、希雲夫ヨリ三条ノ等持院膏薬道場ニ陣取テ一向ニ三条ノ御所ヲ頼参ラセタリケレ共、将軍御同心無シ」とあり、膏薬道場も合戦の舞台になった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む