舞出村(読み)まいでむら

日本歴史地名大系 「舞出村」の解説

舞出村
まいでむら

[現在地名]三雲村舞出

雲出(くもず)川の下流域右岸沿いの低地に位置し、甚目(はだめ)村の西にあたる。小字名に条里坪付に由来する一(いち)ノ坪(つぼ)や中世の開墾にかかわる松垣内の垣内地名がある。村内を笠松井(かさまつゆ)が流下する。文禄検地帳の転記と思われる伊勢国中御検地高帳に村名がみえず、文禄検地以降甚目村から分村したものとみられる。慶長一三年(一六〇八)津藩領となり、慶安郷帳(明大刑博蔵)に高二五九・六四石、うち田一二五・二八石、畑一三四・三六石とあり、旱損所があった。寛延(一七四八―五一)頃には家数三九、人数一八一、牛二で、神社は牛頭(ごず)天王・八王子、寺は本禅(ほんぜん)寺(宗国史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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