舟寄山(読み)ふなよせやま

日本歴史地名大系 「舟寄山」の解説

舟寄山
ふなよせやま

[現在地名]河野村赤萩

赤萩あかはぎ北方の山をさすと考えられ、現在はこの東側一帯の谷の総称。古来河野浦とその帰属をめぐって争論が絶えなかった。

文明五年(一四七三)三月二一日付某安堵状(中村家文書)に「舩寄山之事、如前々、当浦より志んたひあるへき者也」とみえ、また天文二四年(一五五五)正月二六日付河野浦百姓中宛朝倉氏府中奉行人舩寄山知行安堵奉書状写(同文書)にも「舩寄山事、任去文明九年、英林様御一行(巌)御折紙、去天文二二年拾二月廿二日、御一行之旨、知行不可有相違」と記され、朝倉氏時代には河野浦に属していたらしい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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