舟山遺跡(読み)ふなやまいせき

日本歴史地名大系 「舟山遺跡」の解説

舟山遺跡
ふなやまいせき

[現在地名]駒ヶ根市赤穂 福岡舟山

大田切おおたぎり川・中田切なかたぎり川の作る扇状地接点標高約六六五メートル前後の孤立丘上にあり、北側は上穂沢うわぶさわ川に、南側は如来寺によらいじ川に浸食された残丘状地形十数アールに立地している。この残丘が船体を伏せたような形なので、古くから「舟山」とよばれていた。

昭和四五年(一九七〇)二回にわたる調査で、平安時代から弥生・縄文時代各期の遺構・遺物が層位的に検出されたが、特に最下層のローム層内にあった径一・五メートル前後の小竪穴一八個は住居・墓地貯蔵穴など生活跡的匂いの濃いあり方を示し、縄文早期におけるこの種遺構の再検討を促す糸口を作った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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