船坂越道(読み)ふなさかごえみち

日本歴史地名大系 「船坂越道」の解説

船坂越道
ふなさかごえみち

古海(ふるみ)村を南西から北東に縦貫する主要道。野尻(のじり)宿で北国脇往還から分れた古海道が、野尻湖北岸の旧野尻中学校跡から山道にかかり、野尻村本道(ほんどう)集落のある本道盆地を左眼下にしながら、野尻・古海村境の船坂(現在ぶな坂とよぶ)を越えて下ると、古海盆地の西に出る。古海川を渡って滝谷(たきや)(屋)の集落に入り、熊坂(くまさか)村からの道を合わせ、盆地の北縁を経て、南からの羽根坂越(はねざかごえ)道と交差して、東北に進み、内(うち)ノ巻(まき)の盆地を通って斑尾(まだらお)と袴(はかま)ヶ岳の鞍部で、信越国境の万坂(まんざか)峠(九二五メートル)を越えると、越後国樽本(たるもと)村沼(ぬま)の集落(現在はない)に達し、ここから樽本本村及び飯山(いいやま)城下へ通じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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