船隈城跡(読み)ふなくまじようあと

日本歴史地名大系 「船隈城跡」の解説

船隈城跡
ふなくまじようあと

[現在地名]中原町大字簑原字山田

山田やまだ(→香田村北東山中、船隈とよばれる地がその城跡と推定されるが、遺構は不明。鎮西探題一色氏の城で、築造は建武三年(一三三六)足利尊氏上洛の頃と推定され、文和二年(一三五三)には探題一色直氏の弟範光が居城した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む