綾部城跡(読み)あやべじようあと

日本歴史地名大系 「綾部城跡」の解説

綾部城跡
あやべじようあと

[現在地名]中原町大字原古賀字綾部

東西方向の山脚末端線と南北方向の綾部川(寒水(しようず)川の上流)谷とが交わる綾部地域で、半径二キロ内の宮(みや)山・白虎(びやつこ)山・臥牛(がぎゆう)山・井側尾(いがわお)・少弐(しように)山・鷹取(たかとり)山などに中世の山城跡がある。綾部城と称されるのはその総称か、またはそのいずれをさすかは、文献によっては不明のものがあり、広義には綾部郷内の船隈(ふなくま)城・鎮西(ちんぜい)城も入ることになる。また時代によっても意味する地域が違う。

宮山(一二二メートル)には、その中腹に綾部八幡神社があり、また周囲が絶壁になっている城壇(じようだん)というところがあって、山の東側を頂上に向かう交通堀、中腹から少弐山方面への交通堀が認められる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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