色生村(読み)いろうむら

日本歴史地名大系 「色生村」の解説

色生村
いろうむら

[現在地名]吉野町大字色生(いろ)

大野(おおの)村から津風呂(つぶろ)川沿いに南々西に下ったところに立地。元禄郷帳には「イロウ」村と訓じている。寛永郷帳に「伊呂村」、「大和志」には「色生旧作伊路」と記す。竜門郷のうち。慶長郷帳の村高三二六・九七石、幕府領(代官辻子和泉)。元和五年(一六一九)郡山藩(松平忠明)領となり、延宝七年(一六七九)以降再び幕府領となる。この間郡山藩の二割半無地高増政策で村高は四一七・八〇一石となり、天保郷帳では村高四〇八・七一三石と減石している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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