花合野村(読み)かごのむら

日本歴史地名大系 「花合野村」の解説

花合野村
かごのむら

[現在地名]湯布院町湯平ゆのひら 花合野

花合野川を挟んで湯平村と向合い、同村と一体となって湯平温泉場を形成。慶長五年(一六〇〇)二月の速見郡・由布院知行方目録写(北九州市立歴史博物館蔵)に村名がみえ、高二九四石余。以後一村としては史料にみえず、山浦やまうら村の枝郷として幕末に至ったとみられる(「豊後国志」ほか)。延享五年(一七四八)の速見郡五ヶ村温泉書上帳(内藤家文書)は「湯之平」に隣接する「花合野」について「右湯坪は御領分ニ御座候得共、御料山浦村枝郷花合野と申在所、人家相交居候故、家屋ハ旅人勝手次第双方泊申候」と記している。花合野川に沿って湯之平と花合野とに人家があり、旅人・湯治客は勝手にどちらでも宿泊していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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