花園城跡(読み)はなぞのじようあと

日本歴史地名大系 「花園城跡」の解説

花園城跡
はなぞのじようあと

[現在地名]寄居町末野

荒川扇状地の扇頂部、北から流れ込む少林寺しようりんじ川に取囲まれるようにして存在する標高二〇〇メートルの独立した山頂全体に縄張りが認められる山城跡。「風土記稿」によれば、平安時代末に藤田五郎政行が築城したと伝え、政行は猪俣党藤田氏の祖である(「猪俣党系図」諸家系図纂)。寿永三年(一一八四)三月、源頼朝は摂津一ノ谷合戦で討死した政行の子息藤田行康(行保)の戦功を賞し、遺跡はその子能国へ伝領されている(「吾妻鏡」同月五日条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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