花山院忠雅(読み)かざんいん・ただまさ

朝日日本歴史人物事典 「花山院忠雅」の解説

花山院忠雅

没年:建久4.8.26(1193.9.23)
生年天治1(1124)
平安後期の貴族。花山院太政大臣あるいは粟田口太政大臣と称される。権中納言藤原忠宗と参議藤原家保の娘の子。久安4(1148)年権中納言,平治2(1160)年権大納言,仁安2(1167)年内大臣昇進を重ね,仁安3(1168)年には太政大臣に任ぜられた。嘉応2(1170)年に官を辞し,元暦2(1185)年出家,法名理智覚(覚智とも)を名乗る。故実に明るく,「当世の国老」と評された。鳥羽院の有力院司藤原家成と深くつながり,家成を通じて藤原頼長とも親交を持った。<参考文献>五味文彦『院政期社会の研究

(上杉和彦)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「花山院忠雅」の解説

花山院忠雅 かざんいん-ただまさ

1124-1193 平安時代後期の公卿(くぎょう)。
天治(てんじ)元年生まれ。花山院忠宗の次男大納言などをへて仁安(にんあん)2年(1167)内大臣,翌年従一位,太政大臣にすすんだ。建久4年8月26日死去。70歳。号は花山院太政大臣。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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