花菱 アチャコ(読み)ハナビシ アチャコ

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説

花菱 アチャコ
ハナビシ アチャコ


職業
漫才師 喜劇俳優

本名
藤木 徳郎

別名
前名=花菱 五郎

生年月日
明治30年 2月14日

出生地
福井県 勝山町

出身地
大阪府

経歴
生後すぐに大阪に移り、小学校を出て材木商などに奉公。大正2年花菱五郎の名で関西新派の山田九州男一座に入り、3年喜劇一座の鬼笑会加入。4年菅原家千代丸とコンビで漫才師に転向。15年相方を千蔵家今男に変え吉本興行に入社。座長漫才人気投票で1位となった。昭和6年横山エンタツと新コンビを組み、羽織袴背広に改め話術1本の“しゃべくり漫才”の典型をつくり、なかでも「早慶戦」「の卵」は一世を風靡した。9年中耳炎を患いコンビを解消、10年アチャコ劇団を結成し、エンタツと映画、劇団で共演、人気を博した。22年劇団解散、27年NHK連続ラジオドラマ「アチャコの青春手帖」、「お父さんはお人好し」で戦前以上の人気を回復、喜劇俳優として舞台、映画、ラジオ、テレビと幅広く活躍した。「ムチャクチャでござりまするがな」の流行語を生んだ。自伝「遊芸稼人」がある。平成8年上方演芸に貢献した人を顕彰する“上方演芸の殿堂”に入る。

没年月日
昭和49年 7月25日 (1974年)

伝記
戦時演芸慰問団「わらわし隊」の記録―芸人たちが見た日中戦争決定版 上方芸能列伝メッケもん!―掘り出し珍品図鑑女興行師 吉本せい―浪花演芸史譚喜劇の精粋抄決定版 私説コメディアン史会話の日本語読本オモロイやつら笑いをつくる―上方芸能笑いの放送史けったいな人びと―ホンマモンの芸と人地球の上に朝がくる笑いに生きた達人たち大阪の曲がり角なつかしい芸人たち地球の上に朝がくる―懐かしの演芸館 早坂 隆 著澤田 隆治 著桂 文我 著矢野 誠一 著新藤 謙 著澤田 隆治 著鴨下 信一 著竹本 浩三 著澤田 隆治 著棚橋 昭夫 著池内 紀 著木津川 計 著色川 武大 著池内 紀 著(発行元 中央公論新社筑摩書房ポプラ社筑摩書房勉誠出版筑摩書房文芸春秋文芸春秋日本放送出版協会図書出版浪速社筑摩書房日本テレビ放送網東方出版新潮社河出書房新社 ’08’07’06’05’03’03’03’02’02’00’92’92’89’89’87発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

367日誕生日大事典の解説

花菱 アチャコ (はなびし あちゃこ)

生年月日:1897年7月10日
大正時代;昭和時代の漫才師,俳優
1974年没

花菱 アチャコ (はなびし あちゃこ)

生年月日:1897年2月14日
大正時代;昭和時代の漫才師;喜劇俳優
1974年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

20世紀日本人名事典の解説

花菱 アチャコ
ハナビシ アチャコ

大正・昭和期の漫才師,喜劇俳優



生年
明治30(1897)年2月14日

没年
昭和49(1974)年7月25日

出生地
福井県勝山町

出身地
大阪府

本名
藤木 徳郎

別名
前名=花菱 五郎

経歴
生後すぐに大阪に移り、小学校を出て材木商などに奉公。大正2年花菱五郎の名で関西新派の山田九州男一座に入り、3年喜劇一座の鬼笑会加入。4年菅原家千代丸とコンビで漫才師に転向。15年相方を千蔵家今男に変え吉本興行に入社。座長漫才人気投票で1位となった。昭和6年横山エンタツと新コンビを組み、羽織袴を背広に改め話術1本の“しゃべくり漫才”の典型をつくり、なかでも「早慶戦」「象の卵」は一世を風靡した。9年中耳炎を患いコンビを解消、10年アチャコ劇団を結成し、エンタツと映画、劇団で共演、人気を博した。22年劇団解散、27年NHK連続ラジオドラマ「アチャコの青春手帖」、「お父さんはお人好し」で戦前以上の人気を回復、喜劇俳優として舞台、映画、ラジオ、テレビと幅広く活躍した。「ムチャクチャでござりまするがな」の流行語を生んだ。自伝「遊芸稼人」がある。平成8年上方演芸に貢献した人を顕彰する“上方演芸の殿堂”に入る。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

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