芳川神社(読み)よしかわじんじや

日本歴史地名大系 「芳川神社」の解説

芳川神社
よしかわじんじや

[現在地名]吉川町平沼

江戸時代は平沼ひらぬま村の鎮守で、諏訪社とみえる。主祭神は建御名方命。旧村社。社記によると、文治三年(一一八七)在地の吉川氏により地主神を氏神諏訪神社として再興したと伝える。別当は京都智積ちしやく院直末延命えんめい寺の門徒である智光ちこう院。享保二〇年(一七三五)京都吉田家から正一位諏訪大明神の宗源宣旨(社蔵文書)を受ける。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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