苅萱関(読み)かるかやのせき

日本歴史地名大系 「苅萱関」の解説

苅萱関
かるかやのせき

平安期に立てられていた関。刈萱関とも記される。「新古今集」には菅原道真の歌「かるかやのせきもりにのみみえつるは人もゆるさぬみちべなりけり」の一首を載せる。この歌は道真の大宰府への流罪の身を歌ったもので、道真が大宰府に流されるのが延喜元年(九〇一)であるので、一〇世紀初頭にはすでに大宰府の関所として設けられていたと考えられる。永享一〇年(一四三八)二月一六日の大内氏家臣とみられる河内山式部丞承秀書状写(油座文書/大宰府・太宰府天満宮史料一三)には、「苅萱関過銭」とみえ、博多商人奥堂弥二郎大夫に対し筥崎宮櫛田くしだ宮・住吉宮(現福岡市博多区)へ送られる油の過銭(通行税)先例に任せ免除されており、この時期当関は確かに機能していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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