通古賀村(読み)とおのこがむら

日本歴史地名大系 「通古賀村」の解説

通古賀村
とおのこがむら

[現在地名]太宰府市通古賀一―五丁目・都府楼南とふろうみなみ一―五丁目・坂本さかもと一丁目・観世音寺かんぜおんじ二丁目・朱雀すざく六丁目・通古賀

観世音寺村の南、御笠みかさ川左岸にあり、南寄りを北西流してきた鷺田さぎた(天拝川)が北西端で御笠川に合流する。南東二日市ふつかいち(現筑紫野市)、南は塔原とうのばる(現同上)南西杉塚すぎづか(現同上)日田街道が北西から南東へ通る。小早川時代の指出前之帳では通古賀村の田四〇町余(分米四三三石余)・畠一五町九反余(分大豆一二四石余)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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