苅谷原宿(読み)かりやはらじゆく

日本歴史地名大系 「苅谷原宿」の解説

苅谷原宿
かりやはらじゆく

[現在地名]四賀村錦部 刈谷原

借屋原・苅屋原とも記す。苅谷原村に置かれた北国西脇往還(善光寺道)の宿。岡田(おかだ)宿と会田(あいだ)宿の間にある。

この地は「延喜式」記載の官道の通過地で、中世に宿場施設のあったことは借屋原の地名によっても知られる。慶長五年(一六〇〇)に松本藩の小笠原秀政が出した「苅谷原町伝馬役定之事」によると、問屋一、肝煎一、参使一、明(空)屋敷六、無役九、半役五、本役五とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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