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小笠原秀政 おがさわら ひでまさ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小笠原秀政 おがさわら-ひでまさ

1569-1615 織豊-江戸時代前期の武将,大名。
永禄(えいろく)12年3月21日生まれ。小笠原貞慶(さだよし)の長男。信濃(しなの)(長野県)松本城主。天正(てんしょう)18年小田原攻めで父とともに徳川家康にしたがい,下総(しもうさ)古河(こが)(茨城県)3万石に移封。関ケ原の戦いに参加し,加増されて信濃飯田城にうつる。慶長18年8万石の藩主として松本に復帰。大坂夏の陣で重傷を負い,慶長20年5月7日死去。47歳。山城(京都府)出身。幼名は幸松丸。初名は貞政。

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世界大百科事典 第2版の解説

おがさわらひでまさ【小笠原秀政】

1569‐1615(永禄12‐元和1)
近世初期の武将。小笠原貞慶の嫡男。初名貞政。人質先の徳川家を去って羽柴秀吉に付し信濃守を称したが,1589年(天正17)には父の家督を継いで信濃松本城主となり徳川家康の孫女をめとる。小田原征伐後に下総古河城主(上野介),関ヶ原の戦後の1601年(慶長6)信濃飯田城主(信濃守,のち兵部大輔),13年再度松本城主(8万石)となる。大坂夏の陣で世子忠脩とともに戦死。《小笠原秀政年譜》がある。【金井 円

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