若佐屋敷跡(読み)わかさやしきあと

日本歴史地名大系 「若佐屋敷跡」の解説

若佐屋敷跡
わかさやしきあと

[現在地名]廿日市町原

正確な跡地は不明であるが、「芸藩通志」は原(はら)村のうちとし「伝いふ、古此屋敷の主は慈悲なる人にて貧民を救ひはしけると、因て考るにこれ若桜部継常(わかさくらべつぐつね)が故居なりしにや」と記し、「続日本後紀」天長一〇年(八三三)一〇月九日条に「力田佐伯郡人伊福部五百足、同姓豊公、若桜部継常等所耕作、田各卅町已上、貯積之稲亦各四万束已上、並立性寛厚、周施困乏、往還粮絶風雨寄宿之輩、皆得頼焉、詔各叙一階」とある若桜部継常の故地と推定する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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