若宮戸村(読み)わかみやどむら

日本歴史地名大系 「若宮戸村」の解説

若宮戸村
わかみやどむら

[現在地名]石下町若宮戸

若宮戸山または十一面(じゆういちめん)山とよばれる鬼怒(きぬ)川東岸の砂丘(南北約一・八キロ、東西約〇・三キロ)に沿った村。東は原宿(はらじゆく)村。戦国期に成立したと推定される覚(宗任神社蔵)に「若宮土村 廿貫文 御年貢銭 斗物 四拾俵」とみえる。

「江連用水誌」によれば文政年間(一八一八―三〇)の反別は田三七町四反五畝余に対し畑五五町三反七畝余。文政元年からの一〇年間に四斗俵で四千九三七俵余を年貢として納めるべきであったが、実際には三千九〇〇俵余しか納めなかった。同一二年の地頭別高調書(稲葉家文書)によれば旗本初鹿野河内守・稲生七郎右衛門・富永喜三郎(いずれも一四五石余)、佐々木五郎右衛門・内藤熊太郎(ともに七五石余)、坪内源五郎・興津健之助・小倉主税(いずれも五五石余)の八給。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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