草牛村(読み)そうきゆうむら

日本歴史地名大系 「草牛村」の解説

草牛村
そうきゆうむら

[現在地名]君津市草牛

尾車びしや村の南にあり、鹿野山かのうざん道が通る。「そうぎゅう」とも。天正一九年(一五九一)一一月の徳川家康寺領寄進状写(神野寺文書)に周淮郡惣久郷とみえ、郷内五〇石が神野じんや寺に寄進されている。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高九四石。村高は幕末まで変わらず、神野寺朱印地も同じ(旧高旧領取調帳)。天和元年(一六八一)年貢割付状(三平家文書)には惣久村とあり、田方米二五俵・畑方金子二両二分。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では惣平村とし、家数二三、神野寺領。旧高旧領取調帳では高四四石余が旗本三枝領。文政一二年(一八二九)の農間商渡世取調書上(立川家文書)では家数二四・人数一一〇、居酒一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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