草生津刑場跡(読み)くそうづけいじようあと

日本歴史地名大系 「草生津刑場跡」の解説

草生津刑場跡
くそうづけいじようあと

[現在地名]秋田市八橋字大道東

草生津川右岸の地、現在帝国石油八橋鉱業所のある一帯は、藩政期の刑場であった。元和五年(一六一九)手判なしに他領へ越えた者を「はた物」(はりつけ)にかけている(「梅津政景日記」元和五年一一月一一日、一二月二四日条)から、藩政初期からあったと思われる。同書寛永元年(一六二四)六月三日条に「キリシタン衆三十二人火あぶり」とあり、「一六二五年の日本年報」は、七月一八日に二一名の武士とその家族が火刑に処せられた切支丹殉教事件を伝え、「見物久保田の町からも近郊からも集まつてきた人で、道路も山も広場のまわりもいつぱいであつた」とし、刑場は「ミナ」に近いとしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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