荒川町(読み)あらかわまち

日本歴史地名大系 「荒川町」の解説

荒川町
あらかわまち

面積:三六・七六平方キロ

岩船郡の南端に位置し、北境を荒川、西境旧胎内きゆうたいない(乙大日川)が流れて北西端で日本海に注ぐ。北は神林かみはやし村、東は関川せきかわ村、南は北蒲原きたかんばら黒川くろかわ村・中条なかじよう町に接する。集落は荒川の扇状沖積地上に散在する。中世にはほぼ全域が荒河あらかわ保に含まれた。集落の大部分は文禄(一五九二―九六)頃の瀬波郡絵図に現れる。近世は初め全域が村上藩領であったが、宝永六年(一七〇九)同藩の減封により幕府領に編入され、上野館林藩預所、出羽鶴岡藩預所などとなったが詳細は不明。寛保二年(一七四二)大津おおつ村など七ヵ村が陸奥白河藩領となった。文政一〇年(一八二七)以降金屋かなや村など町域の一二ヵ村が一橋領となり、残る幕府領一六ヵ村は文久二年(一八六二)に会津藩領に組入れられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む