日本歴史地名大系 「海老江村」の解説
海老江村
えびえむら
- 富山県:新湊市
- 海老江村
浜往来に沿い、西は浜開新村、東は
海老江村
えびえむら
荒川河口に位置し、西を
近世は初め村上藩領、宝永六年(一七〇九)以降幕府領に属し、正徳二年(一七一二)上野館林藩預所となり翌年陣屋が置かれた。享保一三年(一七二八)出羽鶴岡藩預所、その後出羽米沢藩、高田藩預所となる。正保国絵図には「海老江村 二百石余」とあり、字馬座は「馬座村 百石余」とみえる。享保一一年の家数一一〇(「海老江郡中明細控」横野家文書)。宝永七年の村上領組々村名書上(高橋亀司郎氏蔵)では当村の小川金助が下保内組大庄屋を勤めている。宝暦一〇年(一七六〇)の米沢街道駄賃定書(渡辺家文書)では当地からの駄賃は四〇貫目を一駄として一六〇文、越目は一貫匁につき四文ずつとみえる。また正徳五年には
海老江村
えびえむら
南流する中津川左岸にあり、東は
海老江村
えびえむら
海老江村
えびえむら
現湖北町の南西端、
海老江村
えびえむら
海老江村
えびえむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報