荒木 月畝
アラキ ゲッポ
明治〜昭和期の日本画家
- 生年
- 明治5年2月(1872年)
- 没年
- 昭和9(1934)年11月18日
- 出生地
- 栃木県足利
- 本名
- 荒木 米子
- 経歴
- 古川竹雲に絵を学び、のち上京。荒木寛畝に入門、花鳥画を得意とした。明治34年以後日本女子美術協会、日本美術協会、東海絵画協会などに出品、入賞する。日本美術協会に出品の「水辺草花の図」は1等褒状を受けた。読画会会員として活躍、また白光社を主宰した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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荒木月畝 あらき-げっぽ
1872-1934 明治-昭和時代前期の日本画家。
明治5年2月生まれ。荒木寛畝(かんぽ)にまなび,花鳥画を得意とした。明治34年日本美術協会で1等賞をうけた「水辺草花」は宮中におさめられた。白光社を主宰。昭和9年11月18日死去。63歳。栃木県出身。本名は米子。作品はほかに「芙蓉鴫」「月桂菊花」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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