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荒田別 あらたわけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

荒田別 あらたわけ

日本書紀」にみえる武人
神功(じんぐう)皇后摂政49年鹿我別(かがわけ)とともに将軍となり,新羅(しらぎ)(朝鮮)を攻め,翌年帰国した。応神天皇15年には百済(くだら)(朝鮮)に博識の士をもとめ,王仁(わに)を日本につれてきたという。上毛野(かみつけの)氏,止美(とみ)氏らの祖。大荒田別命ともいう。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

荒田別

生年:生没年不詳
古代東国の豪族上毛野氏らの先祖で,神功皇后や応神天皇の時代の人とされる。『日本書紀』によると,神功皇后のとき,新羅との紛争解決のため,鹿我別と共に同地に派遣され,現在の慶尚南道の7国や済州島を陥れて,百済王近肖古,王子貴須と会見した。また応神天皇のとき,百済に使して阿直岐の推す王仁を招いて連れ帰った。この王仁招聘のことは,『続日本紀』延暦9(790)年7月条の百済王氏らの上表文中にも述べられている。神功皇后時代の新羅侵攻は,その史実性に疑いがもたれているが,早い時期から対朝鮮外交に活躍した人物が関東の勢力のなかにいたことは認められてよいだろう。<参考文献>佐伯有清『新撰姓氏録の研究 考証篇』

(溝口睦子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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