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王仁 わに

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

王仁
わに

古代の百済系の渡来人。『古事記』には和邇吉師(わにきし)と記される。記紀などの伝承によれば,応神天皇のとき,百済王が阿直岐をつかわしてウマ 2頭を貢上した。阿直岐は経典に通じ,皇太子菟道稚郎子の師となったが,自分より秀でた者として王仁を推挙した。王仁は,冶工,醸酒人,呉服師を率いて来朝,『論語』(10巻),『千字文』(1巻)を献上し,菟道稚郎子の師となった。その後,履中天皇のときに,官物を収納する内蔵が建てられると,阿知使主とともに出納の事務を取り扱ったという。子孫は河内国の古市のあたりに居住して西文首(かわちのふみのおびと)と称し,東文直(やまとのふみのあたえ)とともに文筆,記録に関することで朝廷に仕えた。

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百科事典マイペディアの解説

王仁【わに】

古代の百済(くだら)からの渡来人。生没年不詳。伝承によると,漢の高祖の子孫といい,《日本書紀》では応神天皇のときに阿直岐(あちき)に推挙されて来朝。《論語》《千字文(せんじもん)》を将来したという。
→関連項目千字文渡来人論語

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

王仁 わに

「日本書紀」にみえる百済(くだら)(朝鮮)の学者。
応神天皇のとき阿直岐(あちき)の推薦によって渡来し,太子菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の師となったという。西文(かわちのふみ)氏の祖とされる。「古事記」には和邇吉師(わにきし)とあり,「論語」「千字文」をもたらしたとある。

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朝日日本歴史人物事典の解説

王仁

5世紀前半以前の百済から渡来したという伝説的人物。和爾吉師とも記す。書(文)氏,武生氏などの西文氏の祖と伝える。『日本書紀』の応神15年条に百済からきた阿直岐(阿知使主)が優れた博士として王仁を推薦,翌年渡来して【G7EDF道稚郎子/うじのわきいらつこ】の師として典籍を教えたという。『古事記』には『論語』と千字文をもたらしたとあるが,千字文は6世紀前半の成立なので,この伝承は文氏など書記,文筆を生業として大和王権に仕えた河内の渡来人系氏族の間にできた始祖伝承であろう。王仁の名から6世紀ごろ,中国系百済人が先進文化を携えた博士として百済から倭に渡来した事実を想像させる。<参考文献>井上光貞『日本古代思想史の研究』

(鈴木靖民)

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世界大百科事典 第2版の解説

わに【王仁】

帰化系氏族の西文(河内書)(かわちのふみ)氏の祖と伝える人物。《日本書紀》によると,応神天皇のときに百済王が阿直岐(あちき)という者を遣わして良馬2匹を献上したが,阿直岐がよく経典を読んだので,汝に勝る博士がいるかと問うと,王仁という者がいると答えた。そこで人を遣わして召すと来朝したので,太子の菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)がこれに諸典籍を学んだという。《古事記》では和邇吉師(わにきし)と書き,このとき《論語》10巻,《千字文》1巻を持ってきたとしている。

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大辞林 第三版の解説

わに【王仁】

古代の百済からの渡来人。祖は漢の高祖といい、応神天皇の時に来日し「論語」一〇巻・「千字文」一巻を献上したという。生没年未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

王仁
わに

生没年不詳。古代の渡来人。和邇吉師(わににきし)ともいう。『古事記』『日本書紀』には、応神(おうじん)天皇のとき百済(くだら)王が王仁に『論語』10巻、『千字文』一巻をつけて貢進したとある。王仁は高句麗(こうくり)に滅ぼされた楽浪(らくろう)郡の漢人系統の学者らしく、朝廷の文筆に従事した西文首(かわちのふみのおびと)の祖とされている。一族は河内(かわち)の古市(ふるいち)(大阪府羽曳野(はびきの)市)に居住し、文字の使用、普及に貢献した。王仁は王氏との関係が考えられ、欽明(きんめい)・敏達(びだつ)朝に活躍した王辰爾(おうしんじ)もその後裔(こうえい)である。王の姓は楽浪出土の印章、漆器、(せん)、封泥(ふうでい)、墓壁銘などに多く記されており、楽浪郡の有力豪族であったことが知られる。『論語』『千字文』は基本的な典籍として用いられ、王仁は学問の祖とされた。[志田諄一]

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世界大百科事典内の王仁の言及

【阿直岐】より

…名を阿知吉師(あちきし)とも記し,阿直岐史あるいは阿直史の祖という。《日本書紀》では,さらに彼みずからよく経典をよみ,太子菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の師となり,天皇に王仁(わに)を推挙したという。しかし《古事記》では,王仁と関係なく,百済王が和邇吉師(わにきし)を貢進し,《論語》10巻,《千字文》1巻を伝えたとする。…

※「王仁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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