荷軽部村(読み)にかるべむら

日本歴史地名大系 「荷軽部村」の解説

荷軽部村
にかるべむら

[現在地名]山形村荷軽部

日野沢ひのさわ川の源流域に位置し、瀬月内せつきない川との分水嶺でもある多々良たたら(九七〇・六メートル)明神みようじん(八八七メートル)の北麓にあたり、全域が丘陵地帯で、高地には白樺が自生する。正保国絵図に村名がみえ、高六八石余。元禄一〇年(一六九七)の郷村御内所高帳では田九石余・畑七四石余。天保五年(一八三四)の南部領高辻帳による〆高は田七石余・畑六三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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