菊池 篤忠
キクチ アツタダ
明治・大正期の医師 陸軍軍医監;大阪回生病院主。
- 生年
- 弘化2年(1845年)
- 没年
- 大正13(1924)年9月22日
- 出身地
- 肥前国小城(佐賀県)
- 学歴〔年〕
- 東京帝大医科大学卒
- 経歴
- 肥前小城藩医の子に生まれる。藩校・好生館に学び、東京帝大医科大学を卒業。陸軍に入り、明治31年軍医監となる。33年大阪第4師団軍医部長に任じた。のち公務を退き、実弟・菊池常三郎と大阪堂島に回生病院を設立、診療と経営に当たり大阪の医界の発展に尽力した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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菊池篤忠 きくち-あつただ
1845-1924 明治-大正時代の医師。
弘化(こうか)2年生まれ。肥前小城(おぎ)藩(佐賀県)藩医の子。藩校好生館にまなぶ。明治31年陸軍軍医監。のち公務をしりぞき,弟の菊池常三郎と大阪堂島に回生病院を設立した。大正13年9月22日死去。80歳。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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