葉糸古墳(読み)はいとこふん

日本歴史地名大系 「葉糸古墳」の解説

葉糸古墳
はいとこふん

[現在地名]田辺市新庄町

文里もり港の背後をなす標高五〇メートルの丘陵中腹、標高二六メートルに位置する。通称「葉糸屋敷跡」とよばれる地域であることから、葉糸は隼人であろうと推測され、隼人古墳の称もあった。昭和三年(一九二八)発見されたが、その時羨道の石材一部が抜取られ、以後破壊古墳とみなされてきた。昭和三七年再発見され、発掘調査が行われた。長さ二・七メートル、幅二・一メートルの玄室に、長さ四・五三メートルの羨道を備えた両袖型の横穴式石室で、内部に縦二・〇五メートル、横一メートルの箱形石棺をすえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む