蓼倉郷(読み)たでくらごう

日本歴史地名大系 「蓼倉郷」の解説

蓼倉郷
たでくらごう

和名抄」高山寺本は「多弖久良」、刊本は「多天久良」と訓ず。

「山城国風土記」逸文(釈日本紀)に、

<資料は省略されています>

とある。三井みい社の所在を説明して蓼倉里をいうが、これが風土記の文章そのままとすると郷里制施行以前のものということになる。式内社三井社の場所は不明だが、賀茂御祖かもみおや神社(下鴨神社、現左京区)境内ともいう。平安中期には栗野くるすの郷・上粟田かみあわた郷・出雲いずも郷とともに御祖社の神領となった(「寛仁二年一一月二五日付太政官符」類聚符宣抄)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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