蕗原庄(読み)ふきはらのしよう

日本歴史地名大系 「蕗原庄」の解説

蕗原庄
ふきはらのしよう

「吾妻鏡」文治二年(一一八六)三月一二日の乃貢未済庄々注文に「信濃国殿下(蕗カ)原庄」、条建長五年(一二五三)一〇月の近衛家所領目録に「信濃国 蕗原庄 姉小路中納言    篤子中宮領内    」とある。「吾妻鏡」の落は蕗の誤写であろう。蕗原は後世伯耆原・宝喜原・箒原・吹原などと書いている。

箕輪みのわ北小河内きたおごうちの無量寺の木造阿弥陀如来像は平安時代末期の造立と推定され、この像の背部墨書銘には寄進者三四名と仏師二名の名がみえるが、藤原姓が二二名も数えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む