薬師堂ヶ谷(読み)やくしどうがやつ

日本歴史地名大系 「薬師堂ヶ谷」の解説

薬師堂ヶ谷
やくしどうがやつ

現在の覚園かくおん寺がある奥深い谷をいう。「攬勝考」に二階堂にかいどうより北、荏柄えがら天神社より東で、この地に北条義時が薬師堂を建立したことに谷名は由来するとあり、建保六年(一二一八)義時が建てた大倉おおくら薬師堂にちなむ。この薬師堂は永仁四年(一二九六)北条貞時によって覚園寺と改められた(至徳三年六月一五日「官宣旨」県史三)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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