薮田薬師中世墓(読み)やぶたやくしちゆうせいぼ

日本歴史地名大系 「薮田薬師中世墓」の解説

薮田薬師中世墓
やぶたやくしちゆうせいぼ

[現在地名]氷見市薮田

薮田集落の背後の丘陵斜面に位置し、海岸から約三〇〇メートル入る。標高一八メートルから二三メートル。三基の横穴墓からなり、中世墓に転用されているのは一号横穴である。三基のなかで最も大きいもので、長さ三メートル、幅二・三メートル、高さ二・二メートルを測る。平面形はやや側壁のふくらんだ長方形である。床面を一辺約〇・九メートル、深さ〇・三メートルに掘りくぼめている。この横穴から五輪塔構成部分四七個、宝篋印塔三基、板碑一二点、土師質小皿、北宋銭、火葬人骨七体分などが出土している。五輪塔は三基が完全に復原される。高さ一・六メートルと最も大きいものは、床面中央の凹みにすえつけられており、一号横穴では最も古く、一五世紀半ば頃と考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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