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藤原乙縄 ふじわらの おとただ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原乙縄 ふじわらの-おとただ

?-781 奈良時代の公卿(くぎょう)。
南家藤原豊成(とよなり)の3男。母は路虫麻呂(みちの-むしまろ)の娘。橘奈良麻呂(たちばなの-ならまろ)の変のとき,その一党とみなされて日向員外掾(ひゅうがのいんがいのじょう)に左遷され,藤原仲麻呂の乱後に復帰。従四位上にすすみ,宝亀(ほうき)10年(779)参議兼刑部卿となった。天応元年6月6日死去。名は弟縄ともかく。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原乙縄

没年:天応1.6.6(781.7.1)
生年:生年不詳
奈良時代の貴族。右大臣を務めた藤原豊成と路虫麻呂の娘の子。名は弟縄とも書く。天平勝宝9(757)年の橘奈良麻呂の乱に際し,その与党とされて 日向員外掾 に左遷。藤原仲麻呂の乱(764)後政界に復帰し,大蔵大輔,大判事,土佐守,美作守,弾正台の長官,下総守などを歴任した。宝亀10(779)年,従四位上刑部卿で参議に任じられた。

(増渕徹)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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