藤尾支石墓群(読み)ふじおしせきぼぐん

日本歴史地名大系 「藤尾支石墓群」の解説

藤尾支石墓群
ふじおしせきぼぐん

[現在地名]旭志村弁利 藤尾

くら岳の西麓、合志こうし川に米井よない川が合流する付近の藤尾丘陵の中央部に位置する。昭和三二年(一九五七)頃に調査され、支石墓一〇基・積石塚四基・甕棺二基が発見された。地下遺構は支石墓・積石塚ともに土壙あるいは石囲いであった。支石墓は埋葬後の盛土の上に数個の石を支石とし、上に扁平な巨石を据えていた。積石墓は埋葬後の盛土の上に十数個の石を積み上げていた。当墳墓群は、その配置から丘陵の中央線を境に二群に分けられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 合志

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む